ブーリン家の姉妹

16世紀のイングランド。新興貴族のトーマス・ブーリン卿は一族繁栄のために才気あふれる美しい娘アンを国王ヘンリー8世の愛人に差し出すことを目論む。ところが、王の心を捉えたのはアンの妹で凡庸だが気立ての良いメアリーだった。一家は宮中に移り住み、メアリーは王の子を身籠る。一方、妹に栄誉を奪われたアンは一時フランスへ追放されるが、やがて呼び戻され、大胆にも王妃の座を狙って策略を巡らすのだった。
ブーリン家の姉妹 | ウーマンエキサイトシネマ


先々週にポイントで見てきました。

私のイメージだとヘンリー8世(wikipedia)は点々眉毛(byイブの息子たち)なんですが、さすがにそれでは恋愛ものはきつい(^^;;ので、かっこよくなってました。

突っ込みどころ(なんでたった数ヶ月フランスへ行ってただけでああも変われるんかい?)もありますが、アン・ブーリン(wikipedia)を妹ではなく、姉にしたのは、ヘンリー8世と妹のメアリーが共に「二番目」だというのが、キーワードになっているようです。

(ヘンリー8世の最初に妃、カスティリア出身のキャサリン・オブ・アラゴンは兄アーサーと結婚したけれど、兄がわずか15歳で亡くなったので、法王の許可を得て弟のヘンリーと結婚しているので、メアリーと結ばれた夜に、ヘンリーが言っている「二番目」というのは、そのあたりのことに触れているようです。)

でも男の子が生まれず、当時、女性にも王位継承権はあったものの、もし即位をしても、女性の場合は世継ぎのために、結婚をしなければならず、場合によっては相手国に吸収されてしまうのではないか等があったため、男子を望んでいたようです。
でも、流産や死産だったり、男の子がなかなか生まれず、男性側に問題があったのかも。

唯一の男子、エドワード6世は病弱で15歳で死去し、結局、自分が離縁、あるいは斬首した妻たちから生まれた娘たち(メアリー一世、エリザベス一世)へと継承されていったのは、皮肉ともいえます。

日本の戦国時代も女は政略の道具として扱われ、家の都合で引き離されて、他家へ嫁がされたりするのと、カトリックに基づいて離婚が禁じられていた(無効ならOK)ヨーロッパ。
どちらも厳しいです。。

a0002826_10104274.jpg


(ただいまエキブロがメンテ中なので後で修正するかもしれません)

「ブーリン家の姉妹」歴史なんて、色恋沙汰次第…。

世界史にうといアメリカ人もとっつきやすい“歴史的”愛憎劇(ALC リンクのみ)
[PR]

by snowdrop99 | 2008-11-10 10:11 | 映画