グーグーだって猫である

愛猫サバを亡くした女性漫画家の麻子は、悲しみで漫画を描けなくなってしまう。ナオミらアシスタントも心配で仕方がない。そんなある日、麻子は小さな子猫と出会う。グーグーと名付けたその子猫と暮らしはじめて、麻子の日常は一変、元気な表情が戻ってきた。暫くしてグーグーの避妊手術のために動物病院に向かうが、その途中、グーグーが逃げ出してしまう。必死で探す麻子を助けてくれたのは、近所に住む青年・沢村だった。
グーグーだって猫である | ウーマンエキサイトシネマ


映画化決定前から原作を(立ち読みですが)読んだことがあるんですが、
原作と映画はまったく別物と考えた方がいいです。

最初と最後は原作、というより原作者の大島弓子の不思議感覚が表現されてるし、
実際に、本人のマンガを使っているし、雑誌なんて(原作を出版してる角川だけだけど)、
当時の表紙に名前だけ劇中の名前に置き換えてるので、すごくリアリティがあります。

ただウメズ先生と「森四中」はいらなかったんでは?でなければ
アシスタントはもっと控え目な登場の方がよかったと思います。
途中飽きて眠くなりました。
それから、英語のナレーションとアシスタント・ナオミ(上野樹里)のナレーション
両方はくどいかと。

それと、サバってオスだったと思うんですが、人間化したサバ(綿の国星でよく描かれた
人の姿をしたネコ)って、マーティ・フリードマンのほうがそれっぽいと思うんだけど、
それだと彼が演じているキャラとかぶるから、女性にしたのかも。

ペットロスで漫画がかけなくなったり、病気になって手術した後の夢の中、
あるいは夢遊病のようなシーンは大島弓子の世界をよく表現していると思います。

サトウのメンチカツはあれでまた行列が長くなるんだろうなぁ。。

公式サイト

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by snowdrop99 | 2008-09-11 16:35 | 映画